- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2016/04/06
- メディア: 雑誌
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この度は、「シェイクスピアさん、お世話になっております」という特集(シェイクスピア没後400年記念特集)の中に「すばるクリティーク」というワンコーナーを設けてもらって批評文を書いています。
「福田恆存と言えばシェイクスピア」というクリシェはあるものの、実は、その両者の結びつきの必然性を正確に理解している人は少ないのではないでしょうか。「保守」の福田恆存がなぜ、ああも自由で不条理なシェイクスピア劇に惚れ込んだのか、あるいは、なぜ古典主義者(伝統主義者)によって批判され、逆にロマン主義者(自由主義者)によって好まれてきたシェイクスピアに向かったのか。この度の批評文は、そんな福田恆存とシェイクスピアとの関係の「謎」に迫っています。
「不条理」と「不条理を感じる力」との違いに注意を促しながら、「近代文学」から距離を取りつつ、なお「西欧近代」の亀裂を「現代日本語」のリズムの中に引き込もうとした福田恆存の苦闘の意味を浮かび上がらることができればと思っています。一読していただければ幸いです。
しかし、考えてみれば、私自身が福田とシェイクスピアとの関係について真正面から論じるのはこれが初めてになるんですね。そんな貴重な機会を作ってくれた吉田さんには感謝しております。
以下は、『すばる』五月号の「シェイクスピア特集」に書かれている方々の紹介です(アマゾンから引用)。
〔特集〕
「シェイクスピアさん、お世話になっております」
(薩摩琵琶)橋本治「城壁のハムレット」
(エッセイ)生田大和、伊藤比呂美、樺山三英、古今亭志ん輔、ソン・ギウン、中島かずき、中島さおり、藤田貴大、山城むつみ、山本容子
(評論)浜崎洋介「福田恆存とシェイクスピア、その紐帯」