批評の手帖

浜崎洋介のブログです。ご連絡は、yosuke.khaki@gmail.comまで。

インフラ特集の『クライテリオン』と、『福田恆存の言葉』(文春新書)の刊行!

 まずは『表現者クライテリオン』最新号のお知らせです。
 今回の特集は「日本を救うインフラ論—今、真に必要な思想」です。
 今年の初めに起きた能登半島地震で、改めて明らかになったと思いますが、私たちの生活と暮らしを守る要に「インフラ」が存在しています。ところが、ここ30年間、「公共事業は無駄」「コンクリートから人へ」といった歯の浮くような軽薄なフレーズと共にインフラ論は無視され続けてきました。ただでさえ、インフラ(下部構造)は、私たちの無意識の内に隠れやすいというのに(私たちの国土に埋め込まれた道路、鉄道、水道、ガス管、電気——それに国土を守る軍事——などの下部構造を意識する機会は少なく、むしろ、その上で私たちは意識活動を繰り広げているのです)、さらにそれを「叩き続ける」という狂気を日本人は示したのです。その結果として、東京一極集中と地方衰退は加速し、需要は下がり続け(デフレと格差拡大)、インフラの老朽化によって生活不安は増していき、国民間の不信と憎悪は蔓延し、国民国家の枠組み(国民の公平性と均衡ある発展)は溶解していったのでした。
 その背景としては、国民国家の主権を否定する「平和憲法の精神」——功利を超えて保持すべき軍隊を否定し、積極財政を否定する精神(財政法4条)——と、その憲法とズブズブに馴れ合ってきた宗教心なき戦後日本人の体たらくがあるわけですが、その絶望的状況に一矢報いるべく取り組んだ特集、それがこの「インフラ特集」ということになります。
 もちろん、「言論」にできることは限られています。が、その限界の自覚において、そこに「筋を通す」ことの倫理を全うすることもできるようになるのです。何に囚われることもなく自由に発言すること、それが「自立した精神」を守ると共に、厳密な「思考」を維持する動機付けを育むことにもなるでしょう。それに頷いていただける方は、是非、本書を手とって、チャンスが巡って来るその時に向けて共に備えていただければと思います。
 以下、詳細に関しては目次を参照いただければと思います(個人の仕事としては、白水先生をお迎えした特集座談会や、與那覇潤氏インタビュー、映画『ひまわり』座談会などに関わっています)。

 我が国の国家的凋落は今やもう、尋常でない水準に達している。そしてその凋落を導いていると言われるデフレや少子高齢化等の諸問題のさらに背景に存在しているのが、社会、経済を支える下部構造「インフラストラクチャー」、すなわち「インフラ」に対する国民的無関心だ。
 我々の社会・経済活動は、全て交通、防災、資源、食料に関する各種インフラの「上」で展開されるものである以上、その下部のインフラが劣化すれば必然的に劣化する。それ故、弱肉強食の競争に晒されている世界各国は可能な限りのインフラ投資に勤しんでいる。ところが現在我が国においてだけはインフラ投資が著しく滞り、その必然的帰結として衰退の一途を辿るようになってしまった。
それにも拘わらず、日本の学界や政界、言論空間の「インフラ」に対する無関心は常軌を逸した水準に達している。かくしてこのインフラに対する国民的無関心こそが、日本国家の激しい凋落の元凶なのだ。
 ついては本誌では、総合的な状況認識に基づく大局的かつ個別具体的なインフラ論を基軸とした地域再生、国家再生プロジェクトを探求する実学的思想を巡る特集「日本を救うインフラ論」を企画する。
表現者クライテリオン編集長 藤井 聡

〔特集〕
日本を救うインフラ論――今、真に必要な思想

【特集座談会】
・「インフラ論」なくして政治は語れず/脇 雅史×西田昌司×藤井 聡
・インフラ論で日本は「明るく」なる/白水靖郎×藤井 聡×浜崎洋介

【特集インタビュー】
・「水道老朽化」と「水不足」に危機感を持て/橋本淳司

【特集論考】
・国土計画と産業政策――戦後体制の最良の部分を蘇らせよ/柴山桂太
・緊縮財政論がインフラを蝕む――貧困化の道を突き進む日本/大石久和
・流域共同体の誕生、崩壊そして再生――分散社会へのインフラ投資/竹村公太郎
・理念・理想なきインフラ政策が導く未来/佐々木邦
・インフラを語ることは、将来の日本と社会のあり方そのものを語ることである/小池淳司
・阪急沿線開発事業にみられる小林一三の思想――真に豊かな国家とは/星山京子
宮本常一のインフラ論――地方の孤立を救う道路啓開論/中尾聡史
・土木バッシング世論の「黒幕」/田中皓介
・「毒」のある意志――日本人の苦手なインフラ思考/川端祐一郎

【特別座談会】
・アカデミズムとジャーナリズムの連携を探る――学術誌『実践政策学』がめざすもの(後編)/石田東生×桑子敏雄×森栗茂一×藤井 聡

【連載】
・「アジアの新世紀」
  中国化の先に来た「リストカット化する日本」(後編)/與那覇 潤(聞き手 浜崎洋介
 危機と好機 安岡正篤の場合(最終回) 日本主義がつくる「アジアの新世紀」/大場一央
  台湾・金門島から考える、東アジアの安定とは/田中孝太郎
・「危機感のない日本」の危機 経営者による日本破壊/大石久和
・「農」を語る(第3回)有機農業は日本再生の第一歩である/松原隆一郎×藤井 聡
・虚構と言語 戦後日本文学のアルケオロジー(第三十回)マルクスの亡霊たち 日本人の「一神教」理解の問題点②/富岡幸一郎
・徹底検証! 霞が関の舞台裏 脱藩官僚による官僚批評(第7回)公共事業悪玉論が日本を自然災害に対して脆弱にした――「財政余力」ではなく「国土強靭化余力」の形成を/室伏謙一
・映画で語る保守思想(第9回)戦争が呼び覚ます「運命」の感覚――『ひまわり』を題材に(後編)/藤井 聡×柴山桂太×浜崎洋介×川端祐一郎
経世済民 虫の目・鳥の目(第6回)お金の蓄積が将来の備えにならない当然の理由/田内 学
・欲望の戦後音楽ディスクガイド(第8回)Beck / Mellow Gold/篠崎奏平
・東京ブレンバスター⑩ 日本的ダサさが世界をリードする――アバンギャルディ、没個性の個性/但馬オサム
・編集長クライテリア日記 令和五年十二月~令和六年一月/藤井 聡

【巻末オピニオン】
・平和的であれ、暴力的であれ/川端祐一郎

【書評】
・『訂正可能性の哲学』東 浩紀 著/粕谷文昭
・『きみのお金は誰のため』田内 学 著/小野耕資
・『「逆張り」の研究』綿野恵太 著/前田龍之祐
・『食客論』星野 太 著/橋場麻由

【その他】
・(第六回)表現者賞発表
・正統(ショウトウ)とは何か/前田健太郎(寄稿)
・「政治」を失った社会――敗けてしまった国の末路(鳥兜)
・世界を動かす「ありがた迷惑」な思想(鳥兜)
・不確定事実に対する「知らんけど」批判による常識強化(保守放談)
・派閥は保守政治の宿命(保守放談)
・キャンセルカルチャーとしての「派閥解散」(保守放談)
・塾生のページ
・読者からの手紙(投稿)

 あと、『福田恆存の言葉—処世術から宗教まで』(文春新書)が2月20日に刊行されます。私の仕事としては、「はじめに—古びない警句」という短い拙文を寄せていますが、この福田恆存の晩年の講演を纏めて編んだ本は、難易度で言えば、文春学藝ライブラリーに入っている『人間の生き方、ものの考え方』 と並んで、福田の著作のなかではかなり読み易い部類のものです。
 ここから、『私の幸福論』(ちくま文庫)、そして『人間・この劇的なるもの』(新潮文庫)へと歩を進めることができれば、続けて『保守とは何か』『国家とは何か』『人間とは何か』『私の国語教室』なども自然に読めるはずです。
 是非、本書を通じて、最近のイデオロギー保守(立場としての保守)とは違う「生き方としての保守」の味わいを知っていただければと思います(笑)。ちなみに、本書の中で私自身が気に入ったフレーズを引用しておきましょう。

 これは、私の友人の解釈ですが、どうも面白くないことが起こった時に、その理由を自分の外に求める人間——つまり、社会制度が悪いんだとか、あるいは政治家が悪いんだとか、あるいは相手が悪いんだとか——そういうふうに外に求める人間は左翼だと、で、うまくいかない理由を自分に求める人間は右翼だと、そういうふうに右翼と左翼を区別するというのは、これはずいぶんさっぱりしていいなと、私も思ったんです(笑)。そういえば、考えてみると、私なんか右翼で保守反動なので(笑)、これは何でもみんな自分の方に求めちゃう(孟子の言葉に「反りて諸を己に求めよ」というのがある)。表向きはあまりそれはやりませんけどね。それをやると損だから。でも、腹の中では必ず己のことを考える。自分の弱点というふうに見る。自分の力が足りないというふうに見る。

 この言葉に即して言えば、今の保守派は、ほとんど「左翼」とみてよさそうです。コミンテルンが悪い、GHQが悪い、それらの占領政策を鵜吞みにした左翼が悪い、中国が悪い、韓国が悪い、ディープステイトが悪い、ロックフェラーが悪い、ロスチャイルドが悪い……、ちゃんちゃらおかしい。百歩譲って、そいつらが悪いのだとしても、そんな悪い奴らとまともに闘えない日本人の方がよっぽど間抜けなのです。「反(かえ)りて諸(これ)を己に求めよ」(孟子)、いい言葉です(笑)。