批評の手帖

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芥川賞受賞作・西村賢太『苦役列車』を読む。

苦役列車 (新潮文庫)

苦役列車 (新潮文庫)


 久しぶりの西村賢太芥川賞を受賞して、テレビに出始めてからはほとんど読まなくなっていた。作者が成功すると、どうでもよくなるという「私小説」の運命か。
 ただし、この度、山下敦弘監督の『苦役列車』を観たいという思いと、文庫でならいいかという思いもあって読んでみた。ただ、結果としては「苦役列車」そのものより、同書所収の「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」に出てくる大正期の文芸批評家・堀木克三のエピソード方が興味深かった。小説も「どうで死ぬ身の一踊り」や「けがれなき酒のへど」や『二度は行けぬ町の地図』(角川文庫)所収の諸短編の方が上だろう。

 その理由は、おそらく「苦役列車」が青春小説だという点にある。あるいは、救いを求めて藁をも掴む思いで掴んだ文学、例えば藤澤清造などへの緊張がないことに由来する。つまり、あくまで未来のある「青春」に「苦役」を課しても、それがどこかで避けようとすれば避け得た「苦役」(苦役を気取る“甘え”)にしか映らないということが、西村賢太特有の「どうしようもなさ」を裏切っているのだ。その意味では「私小説」の芸は、やはり可能性の潰えた中年以後に冴えてくる。避けようとしても避けられないということ、その事実性の手応えの中にしか文学はない。