批評の手帖

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素人政治のなれの果て・・・・(菅直人発言の解釈)

 
 あまり、政治ネタには突っ込みたくはないのだが、昨日の民主党代議士会での菅の発言があまりだったので簡単な感想を書いておく。

 まず昨日提出された内閣不信任案は、民主党代議士会冒頭での菅首相の発言、それに続く鳩山・原口の発言で一気に否決の流れに傾いた。確かに小沢系民主党議員の身になってみれば、脅しで振り上げた拳の、その落ろしどころが見いだせっず困っていたところに、やっと菅の口から譲歩らしきものが引き出せてホッとしたということなのだろう。が、その際の菅の発言には耳を疑った。
 少なくとも一国の首相とは思えない言葉を3つ発している。

①その「政治」認識について
 まず、菅は「被災者からは『まだまだ遅い』『不十分だ』とういう厳しい指摘もあり、私の指導力が不十分な部分が多々ある。」と自らの不明を認めておきながら、それに続けて「しかし、この間、政治家だけではなく国家公務員、地方公務員など、いろいろな人たちが全力を挙げて取り組んでいる」と言う。“自分は愚かだが、それでもみんなと一生懸命に頑張っている”と言うのは学級委員会レベルの言い訳だ。鳩山の「私は愚かな首相かもしれません」発言もそうだったが、「政治は結果だ」という事実認識が腹に入っていないから、ここまで甘えた素人発言が簡単にできてしまうのだろう。政治家において、自らの非を自らで公言してしまうことは、以後の指導力をまずます減退させるという点において(誰が、自ら愚かだと認める首相についていくのか?)ありえない。
 この政治家とし無自覚な恥ずかしすぎる発言一点をとっても、これ以上菅が続投すること自体が「人災」であることは自明だと思える。

②その「政治」目標について
 続いて、代議士会が生中継されており、不特定多数の国民が見ているということを前提にしながら、なお菅は次のような三つの目標を掲げてみせる。
 「ひとつは大震災の復旧・復興(中略)、二つ目は民主党を決して壊さない。三つ目に政権を自民党に戻すことがないよう対応する。」
 この発言のありえなさは読んでみればすぐに分かるだろう。誰でも言える一つ目のお題目はともかく、二つ目、三つ目の目標は凄い。この国難の中にある一般国民を前にして行政の長が「国家」を語るのではなく、まず党内分裂を危惧し、しかも、それを自民党に対する自意識として語ってみせるというのだから、未だ野党根性抜けきらぬ青臭さ・素人臭さ全開ではないか。この発言が国民を前にして言われたという事実(公性)までを考慮すれば、菅の頭の中は〈自民党=封建遺制的政治〉vs〈民主党=進歩的政治〉という観念が染み付いているとしか思えない。「時計の針を戻すな!」発言にしてもそうだが、この小学生のように幼稚な進歩主義(二項対立図式)を思い込んでいない限り、とてもじゃないがこの期に及んで、こんな恥ずかしい発言を、しかも得意げに“僕、イイこと言っています”風に言えるものじゃない。
 これ以上、民主党の「正義」の自己陶酔に付き合うのは、ただ国を危険に晒すことになるだけだろう。
 
③その「政治」権力について
 で、最後に菅は「(震災対応に)一定のめどがついた段階、私がやるべき一定の役割が果たせた段階で若い世代にいろいろな責任を引き継いでいきたい。そのためにも不信任案に一致団結しての否決をお願いしたい。」とういう。震災対応への不満から出た不信任案同調の動きなのに、震災対応のめどがつくまでやらせろという意味が分からない。が、それ以上に、「辞める」といった瞬間、誰においても求心力がなくなるという政治力学が頭に入っていない菅の無自覚・鈍感さには参る。これでは、ますます震災対応の指導力発揮どころではない。政治において「近い将来/辞める」という発言は、どうしても「辞める」という言葉にウェイトが置かれてしまう。そうである以上、それは事実上の「権力」放棄をしか意味しない。だから、「辞める」と言うのなら、辞めるのは今しかないのだ。
 自民党でも、最低限その政治力学、或いは心理的意味は理解していた。が、菅や岡田にはその理解力がない。「辞める首相」の指示に党内の誰がついていく?「辞める首相」の国会答弁を誰が本気にする?「辞める首相」との外交交渉などどこの国が相手にする?しかも、勇退ではなく、ズルズルベッタリに未練がましく辞めていく首相の・・・。

 以上の愚かさに加え、前々から懸案の普天間移設問題・狂牛病対策・尖閣問題・外国人献金問題・バラマキ子ども手当などを鑑みるにつけ、分かりきったことではあるが、菅・岡田・鳩山・小沢以下全員、民主党は腐っていると言う形容しか見当たらない。