批評の手帖

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『クライテリオン』最新号、毎日ナビゲート、與那覇さんの新刊

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 『表現者クライテリオン』の最新刊(2021年7月号)が出ました!
 今回の特集は二つです。一つが「孫子(まごこ)のための『財政論』―中央銀行政治学」と題した経済政策論及び貨幣論。そして、もう一つが「コロナがもたらす教育崩壊」です。表紙には「養老孟司」「浅田統一郎」「大澤真幸」「宮台真司」という新鮮な名前が踊っていますが、どの対談も読み応え十分です。
 第一特集の浅田統一郎氏と藤井編集長の対談「ケインズ革命を加速せよ!―中央銀行プラグマティズム」は、そのままマクロ経済学ケインズ経済学、MMTの物凄く分かり易い入門になっているし(逆に言えば、ここまで簡潔に理路整然と積極財政の可能性と意義を書かれると、緊縮派=ネオリベに反論の余地はないはずです)、また、大澤真幸氏と柴山さんとの対談「コロナ禍から資本主義の『その先』へ」は、これまた見たことないくらいハイレベルな「貨幣論」になっています。
 とりわけ後者の対談は、MMTを知見の基盤としながらも(つまり、その理論的正しさを認めながらも)、そのMMTがまだ埋めきっていない理論的な「穴」(租税や国家についての謎)を巡って、国家論や権力論、そして、その国家や権力の基盤にある「我々の共同体への無意識の贈与論」にまで議論が及んでいて、これは断言していいと思いますが、他の雑誌(あるいはMMTerなんかの技術論や経済研究誌)では絶対にお目にかかることのできない、もの凄く深い「思想的議論」になっています。
 また、第二特集の宮台真司氏と藤井編集長との対談「『若者の未来』は守れるのか?―社会学からの処方箋」は、企画当初は、果たして二人の相性はどうなのか…とも思っていたんですが、意外や意外(笑)、めちゃくちゃ盛り上がっています。
 もちろん、対談の後半では、中間共同体が消えうせた「社会という荒野を仲間と生きる」ことを言う宮台氏(宮台流加速主義、或いは宮台流パルチザン)と、そんな時代だからこそ「衣食足りて礼節を知る」ことの可能性に賭ける藤井編集長(藤井流積極財政論、或いは藤井流連合軍)の違いも議論されていますが、しかし、それとて対独「パルチザン」を「連合軍」が助けたように「協力」し合えないことはない。途中、今話題の『ヤクザと家族』なんかの映画の話も挟まっていて、読み易いのにハイレベルという、稀に見るユニークな対談になっています。
 その他、いつもの連載陣に加えて、学校現場(中学・高校)からのレポートを二つに、「信州・松本シンポジウム報告」など、盛りだくさんでお届けします。是非、是非、手に取って頂ければと思います。企画内容や企画意図を前もって知っている私が面白かったんだから、絶対面白いはずです(笑)。

 で、私自身が直接かかわった仕事としては二つです。一つは、「続・養老孟司、『常識』を語る―『不気味なもの』との付き合い方」のインタビューで、もう一つは、第二特集の方に寄稿した「〈われ―なんじ〉の教育論―大学の死をめぐって」という論考です。
 養老先生へのインタビューの方は、今号と次号に掲載した後、残りを前回インタビューと纏めて書籍化する方向で調整しています。また、論考の方では、私自身の大学教育論を展開しているのと同時に、初めて「相川宏先生」という、私がお世話になった「魂」の師匠について論じています。一読していただければ幸いです。
 以下は、『クライテリオン』7月号の「巻頭言」と「目次」となります。参考にしていただければと思います。

コロナ禍対策で世界各国は今、狂ったように国債発行し、政府支出を拡大している中、我が国日本は
孫子にツケ=借金を残すような『無責任』な事をしてはならぬ」とのかけ声の下、政府支出拡大が
中途半端な緊縮的水準に留まっている。しかし、世界各国は、現下の大不況を放置することこそが
『無責任』であり、現下の国民のみならず孫子の代の暮らし考えても、今こそ「中央銀行」の力を
フル活用し、徹底的に政府支出を拡大することが求められていると認識、実践している。つまり我が国一国が、
この経済危機に対処するという『責任』を果たしてはいないのである。
 かくしていま求められているのは、現代経済システムにおける「中央銀行」という存在の強力な威力を
認識し、それを踏まえたうえで孫子のために財政を徹底拡大する事を措いて他にない。こうした認識に
立つ本特集が、日本財政が正気を取り戻す一助となることを祈念したい。

                              表現者クライテリオン編集長 藤井 聡
目次
【特集1】孫子のための「財政論」 中央銀行政治学
[対談]
ケインズ革命を加速せよ!――中央銀行プラグマティズム/浅田統一郎×藤井聡
コロナ禍から資本主義の「その先」へ/大澤真幸×柴山桂太
[論考]
・「選択的な財政支出」が日本経済を救う――成長政策・社会保障財源としての財政出動・金融緩和/飯田泰之
・いまこそ将来世代のための政策を掲げよ/森永康平
・国家の信用はどのようにして生まれてくるのか?/仲正昌樹
・現代的貨幣理論による財政学のアップデートは可能か?/佐藤一光
・貨幣史、国家、中央銀行、そしてその先へ/望月慎
イデオロギーとしての「中央銀行の独立性」――ニュー・コンセンサスとMMTを比較する/金濱裕

【特集2】コロナがもたらす教育破壊
[対談]
「若者の未来」は守れるのか?――社会学からの処方箋/宮台真司×藤井聡
[論考]
・〈われ―なんじ〉の教育論――大学の死をめぐって/浜崎洋介
・コロナで加速した学校現場の混乱――高等学校からの報告/清水一雄
・一教師のコロナ禍体験記――マスク着用が当たり前になった学校で/髙江啓祐

【特別インタビュー】
養老孟司、「常識」を語る――「不気味なもの」との付き合い方 コロナ・虫・解剖学/聞き手 浜崎洋介

【連載】
[連載対談]
永田町、その「政」の思想(第4回)安倍・菅内閣の官邸システムの本質/佐藤優×藤井聡
[論考]
・「危機感のない日本」の危機――メディアと日本の目を覆うべき転落のコラボ/大石久和
・欧米保守思想に関するエッセイ 第3回 ソルジェニツィン Part3/伊藤寛
マルクスの亡霊たち――思想に殺された作家たち②/富岡幸一郎(虚構と言語 戦後日本文学のアルケオロジー
・小さきモノへの愛 その㊀――日本人の原点/竹村公太郎(地形がつくる日本の歴史)
福田和也――思想の揺らぎについて/平坂純一(保守のためのポストモダン講座)
・居場所は法の外に――日米暴走族の「自治」のエートス/川端祐一郎(思想と科学の間で)
オオカミ少年と警鐘の倫理/松林 薫(逆張りのメディア論)
・移動の自由がもたらす「リベラル・ディストピア」――「移動せずともよい社会」を目指して㊄/白川俊介(ナショナリズム再考)
・「ポリティカル・コレクトネス」は多様性をもたらすのか?――言葉から考える⑧/施光恒(やわらか日本文化論)
・伝統の価値――満州から独りで帰ってきた少年の話/仁平千香子(移動の文学)
・編集長クライテリア日記/藤井聡
・メディア出演瓦版/平坂純一

【書評】
『危機の日本史 近代日本150年を読み解く』佐藤 優・富岡幸一郎 著/前田龍之祐
デヴィッド・ボウイ 無(ナシング)を歌った男』田中 純 著/田中孝太郎
フィヒテ入門講義』ヴィルヘルム・G・ヤコプス 著/篠崎奏平
『計算する生命』森田真生 著/薄井大澄
ベートーヴェンは怒っている! 闘う音楽家の言葉』野口剛夫 著/加藤真人

【その他】
表現者クライテリオン信州・松本シンポジウム報告
・読者からの手紙
・「脱炭素化」の幻想/「コロナ全体主義」の心理学――エーリッヒ・フロムに倣って(鳥兜)
・基準なき国の、基準なき政府――宣言延長と五輪開催/キルケゴールとコロナ危機――〈絶望=不協和〉に喘ぐ日本人(保守放談)

mainichi.jp
 で、連続の告知になってしまいますが、昨日掲載された「毎日ナビゲート」です。今回は、アメリカの社会学者であるレイ・オルデンバーグが唱えた「サードプレイス」論を、アーレントの「公的領域」論に重ねる形で、「過剰自粛の悪」について論じています。奇しくも、先に挙げた、宮台×藤井対談の副読コラムのような趣になっていますが、まあ「普通に考えれば、そうだよな」ということしか言っていないので、むしろ通じてなきゃおかしいとも言えますが。
 一読していただければ幸いです。


 それと、先日、ジュンク堂トークセッションをさせて頂いた與那覇さんの新刊紹介です。というのも、この評論集の巻末には、大澤聡氏と先崎彰容氏と開沼博氏に加えて、私との対談「平成文化論ー『言葉の耐えられない軽さ』を見つめて」(2019年2月16日/『表現者クライテリオン』2019年3月号)が収録されているからです。
 コロナ以前にやった対談を久しぶりに読み返してみましたが、一語たりとも修正の必要を感じません。というより、令和になって、ここで議論されていることは、より酷くなって現れている。内容的にも全く古びていませんが、與那覇さんのキレキレの文章と共に、一つの歴史的証言・思考の記録として読んでいただければ幸いです。